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浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)1106号 判決 1985年8月22日

原告

栗原平八

原告

栗原シズ子

原告ら訴訟代理人

有賀正明

佐藤雅美

被告

本多義伸

右訴訟代理人

三善勝哉

被告

細谷剛

主文

一  被告らは各自、原告栗原平八に対し金一六二万二五五七円、原告栗原シズ子に対し金一三七万二五五七円及びそれぞれに対する昭和五五年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の各請求は、いずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用は四分してその三を原告ら、その余を被告らの各連帯負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告らに対し、各金七〇〇万円及びそれぞれに対する昭和五五年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告両名の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告本多義伸の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する被告細谷剛の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告ら夫婦の長男栗原淳一(以下、淳一という。)は左記交通事故で昭和五五年九月一日死亡した。

(1) 日時 昭和五五年八月三一日午後一〇時三〇分

(2) 場所 浦和市大字根岸一三四三番地先路上(以下、本件事故現場という。)

(3) 事故態様 被告細谷剛が普通乗用自動車(以下、本件車輛という。)の運転操作を誤まつた過失により、右車輛をガードレールに衝突させ、助手席に乗つていた淳一が内臓破裂の重傷を負い死亡した。

2  責任原因

(1) 被告細谷は、本件車輛の運転者として民法七〇九条により責任を負う。

(2) 被告本多義伸は、本件車輛を買い受けて常用しており、保有者として自賠法三条により責任を負う。

3  損害

(1) 淳一の逸失利益 金三四四七万七四九四円

淳一は、昭和三七年八月二一日生まれの男子で、事故当時浦和実業高校三年に在学し、昭和五六年三月卒業後は就職し、六七歳に達するまで四九年間就労可能であつたから、この間の逸失利益は昭和五七年賃金センサス第一巻第一表の男子労働者の平均賃金年額三七九万五二〇〇円から生活費五〇パーセントを控除し、これにライプニッツ係数一八・一六九を乗じて中間利息を控除した金員である。

(2) 慰謝料 金一三〇〇万円

(3) 葬儀費 金五〇万円、原告栗原平八が支出した。

(4) 弁護士費用 金八〇万円

4  損害の填補

原告らは自賠責保険金二〇〇〇万円を受領し、その半分宛各損害賠償請求権に充当した。

5  よつて、原告らは各被告らに対し、右損害の合計金から填補額を控除した損害賠償金の内金として各七〇〇万円及びそれぞれに対する不法行為の日の翌日である昭和五五年九月一日から完済まで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否<省略>

三  被告本多の抗弁

1  本件車輛は訴外本多義則の所有に属し、被告本多はその運行供用者ではない。

2  仮にそうでないとしても、左記のとおり淳一は自賠法三条の他人に当らない。すなわち、淳一は本件事故当日の午後六時から午後九時三〇分ころまで、自宅で友人の訴外三浦剛、被告細谷とウイスキー一本を飲酒し、三名とも運転免許がないにもかかわらず、女の子をからかうためにドライブに出かけることにし、三浦が被告本多に対し、飲酒の事実を秘し、免許のある者が運転する旨申し向けてその旨誤信させ、被告本多から本件車輛を借り受け、淳一方まで運転して淳一を同乗させ、被告本多に無断で、当初は三浦が、その後被告細谷が運転し、大宮駅、蕨駅付近で遊んだ後、淳一を自宅へ送るため走行中、時速四〇キロメートルに制限されているのに時速七〇キロメートルで前車を追い越そうとし、運転技能未熟なためハンドル操作を誤まり、対向車線上のガードレールに自車を激突させ、本件死亡事故に至つたものである。したがつて、本件事故当時、淳一による本件車輛の運行支配は直接的・顕在的・具体的であり、かつ、淳一は運行利益を享受していたものであり、これに対し、被告本多による運行支配は間接的・潜在的・抽象的であるから、淳一は被告本多に対する関係では自賠法三条の他人であることを主張できない。

3  仮に被告本多に責任が認められるとしても、右事情のもとでは、淳一は単なる好意同乗者ではなく、危険を承知で同乗しており、かつ、運行支配、運行利益が強く、損害から相当高額を減額すべきである。

4  また、原告らは親権者として淳一を監督すべき立場にあり、容易にその義務を遂げえたにもかかわらず、淳一は友人らと原告ら方で飲酒しドライブへ出かけ本件事故に至っており、このような原告らには、死亡事故発生の危険に加担していない被告本多に対する慰謝料請求権は公平の原則から発生しない。

四  抗弁事実に対する認否と反論

1  三浦は被告本多から本件車輛を友人らと夜間ドライブに使用し、その後直ちに返還する約束のもとに借り受けたものであり、被告本多は友人の三浦が無免許であること、同人の友人が運転することも了解しており、本件運転は被告本多の承諾の範囲内にあり、同人は運行支配、運行利益を失つていない。また、淳一は自ら運転する意思はなく、単に同乗していたにすぎないから、自賠法三条の他人に該当する。

2  被告細谷が飲酒のうえ運転したことは事実であるが、同人は飲酒量が少なかつたためその違反では事件送致されず、本件当時、飲酒の影響により運転を誤まる危険はなかつた。

3  また、原告らは日頃から淳一の交友関係に十分注意を払い、監督をしており、本件当日淳一らが自宅で飲酒し、ドライブへ出かけたことには気付かなかつた。

以上からすると、被告本多に対する関係で公平の原則を適用するとしても、高額の減額をする必要はない。

第三  証拠<省略>

理由

一<証拠>によれば、本件交通事故の状況は次のとおりと認められ、他にこの認定に反する証拠はない。

すなわち、被告細谷は、昭和五五年八月三一日午後一〇時三〇分ころ、原告ら夫婦の長男淳一(昭和三七年八月一一日生)を助手席に、後部席に三浦剛(昭和三七年六月一〇日生)を同乗させて本件車輛を運転し、戸田市方面から与野市方面へ向かい、制限速度時速四〇キロメートル、右側通行禁止の規制がなされた幅員約一〇メートルの国道一七号線を走行中、本件事故現場付近で、前車を時速約七〇キロメートルで追い越そうとして反対車線にはみ出し、走行車線に戻ろうとしたところ、自車の後部が振られ、あわてて左右にハンドルを切つたため急制動の措置を取る間もなく反対車線側のガードレールに激突し、翌九月一日午前二時三八分、淳一を内臓破裂により死亡させるに至つた。なお、被告細谷との間では請求原因1の事実は争いがない。

二次に、本件事故の責任原因の有無を判断する。

まず、被告細谷は原告らに対し不法行為による責任を認めて争つていない。

被告本多は、本件車輛の保有者であることを否認する。しかし、証拠には本件車輛の使用者として本多義則と記載されているが、<証拠>によれば、被告本多が本件車輛を購入して割賦代金を支払い、日常使用しており、購入時未成年であつたため父義則の名義を使用したにすぎないと認められ、被告本多は所有者としての責任を負うと認められる。

三さらに、被告本多が本件について運行供用者としての責任を負うか否かについて判断する。

三浦剛が被告本多から本件車輛を借り受けたこと、その運転前に被告細谷や淳一らが飲酒していたことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、淳一が本件車輛に乗車して事故に至る経緯は次のとおりと認められ、他にこの認定に反する証拠はない。

淳一は三浦と中学校時代からの友人であり、三浦と被告人細谷は本件事故当日午後六時ころ、淳一方を遊びに訪れ、同人の部屋で原告らに秘してウイスキー水割りを飲みながら談笑し、午後九時ころ、三浦が中学校の先輩である被告本多から車が借りられると言い出し、三名とも普通免許は持つていなかつたが、ドライブへ出かける話がまとまり、三浦と被告細谷がバイクを運転して約一・五キロメートル離れた被告本多方へ赴き、同人に対し、三浦が車を貸すよう頼み、被告人本多は飲酒の点には気付かず、さしたる注意も与えず直ちに本件車輛の鍵を三浦に渡し、三浦が被告細谷を同乗させ本件車輛を運転して淳一方近くへ戻り、淳一を助手席に乗せて大宮駅まで赴き、喫茶店に入り、再び三浦が運転して蕨駅前へ向かい、女の子をひやかそうとしたが果せず、自宅の方向へ戻ることになり、運転を交替して被告細谷が運転をし前記第一認定の事故に至つた。そして、本件事故の捜査において、被告細谷に対し同日午後一一時四〇分飲酒検知器による呼気検査がなされたが、その結果検出されたアルコールは呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム未満であり、同人は飲酒運転の点では事件送致されなかつた。

右のような経緯からすると、被告本多は知人の三浦が友人らとともに一時使用することを了解して自己の所有車輛を貸したものであり、三浦が無免許であることもさほど気にかけず安易に貸与に至つており、本件運転について運行支配、運行利益を失つたとは認められない。また、淳一が三浦らとドライブに出かけるという目的を共通にして同乗に至つたことから、淳一にも運行供用者性を認めうるが、借り受けて交替で運転をした三浦や被告細谷に比してその程度は低く、前記の経緯からみて被告本多に対し、自賠法三条の他人であることを主張しえないとまでは認められない。もつとも、後に記載するとおり、本件においては過失相殺、もしくは公平の原則上考慮すべき事由による損害の減額をすべきであり、右の点はその判断において斟酌することとする。

四そこで、損害について認定する。

1  淳一の逸失利益 各一五九四万五一一四円

<証拠>によれば、淳一は死亡当時一八歳の健康な男子で、浦和実業高校三年に在学し、翌五六年三月高校卒業後は就職を予定していた事実が認められる。淳一は本件事故がなければ、六七歳まで稼働し、四九年間高卒男子労働者の平均賃金程度の収入を得たと推認できる。そうすると、昭和五六度賃金サンセスの産業計、企業規模計高卒男子労働者の全年齢平均賃金年額は三五一万四〇〇円であり、これを基準に生活費として五〇パーセントを控除し、ライプニッツ係数一八・一六九を乗じて中間利息を控除した三一八九万二二八円が淳一の逸失利益であり、原告らは持分二分の一の割合でこれを相続した。

2  慰謝料 各六五〇万円

淳一の年齢、原告らの長男であること、高校に在学していたこと、本件事故の態様などを考慮し、原告らの慰謝料としては各六五〇万円をもつて相当と認める。

3  葬儀費 五〇万円

淳一の葬儀費として五〇万円は相当であり、原告栗原平八が支出したと認める。

4  過失相殺など

前記第一、第三で認定したとおり、淳一は三浦や被告細谷と共に自室で飲酒をし、両名が無免許で運転技術が未熟であることを承知したうえで共にドライブへ出かけるべく同乗しており、本件事故は飲酒が原因ではないが、その影響下で運転技術の未熟な被告細谷による無理な追い越し、ハンドル操作ミスに基因するものであり、淳一にも右運転に荷担した過失があるというべきである。また、原告らも親権者として淳一を監督すべき立場にあり、本件は原告ら方での飲酒に端を発しており、原告らにも落度があり、他方、被告本多が本件車輛を一時貸したにすぎない者であることも公平の原則上考慮し、原告らの被告らに対し請求できる損害額は、前記損害の五割を減じた金員と認めるのが相当である。なお、被告本多の本件において公平の原則からみて原告らに慰謝料請求権は発生しないとの主張は採用しない。

5  弁護士費用 各一五万円

原告らは弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、本件訴訟の経過、認容額等からすると、原告らにつき各一五万円を本件事故と相当因果関係にある損害である弁護士費用と認める。

6  損害の填補

原告らが自賠責保険金各一〇〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがなく、右各損害金に充当すると、残損害金は原告栗原平八が一六二万二五五七円、原告栗原シズ子が一三七万二五五七円である。

五よつて、被告ら各自に対し、原告栗原平八は損害金一六二万二五五七円、原告栗原シズ子は損害金一三七万円二五五七円及びそれぞれに対する本件事故の翌日である昭和五五年九月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができ、原告らの本訴請求はその限度で正当として認容し、その余は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官犬飼眞二)

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